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2016/04/14(木)

気について考える。

ちょっと前に、誘われて飲みに行った先でのお会計の時のこと。

幾らか払おうとしたら「ここは奢るよ。気にしないで、いつも元気もらってるし。」みたいな事を言われ、奢ってもらった。

奢りについては、年も違うし、まぁそうなるかなと思ってたけど、後半の元気もらってるという表現が引っかかったので、ちょっと考えを整理してみる。

もちろん、今回の場合は「いつもお世話になってます。」なんかと同様の社交辞令の言葉だろうけども。

まず、気とは目に見えない生命エネルギーで、その解釈にも様々なものがある。

ただ、わたしが感じるに、気だけだと曖昧な物が「元気」や「勇気」になると、俄然輪郭がくっきりとして、存在が際立つ。

まぁ何が言いたいのか、回りくどいのはやめて、はっきり言うなら、人から元気や勇気をもらってると言う人が一定数いるけど、わたしには無い能力だなーということ。

わたしにとって、誰かといることは、元気をもらうというより、逆に吸い取られ、消耗するというイメージ。

それでも、1人は寂しいので、誰かと時間を共有している。

人から元気をもらうというのはある種の能力で生まれついての才能だと思う。

その能力が備わってない人が、自分にもあると勘違いして同じように人と関わると、思いがけず消耗してしまう。

わたしは、仲良い人と楽しい時間を過ごしても、元気をもらうという感覚がない。

楽しかったけど、疲れたなーと思ってしまう。

これは、少数派の意見なんだろうか。

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